関東学院女子短期大学 国文科について
元会長の山口佳子さんは国文科1回生ですが、短大の国文科は1966年に設置されました。当時の短大はまだ「関東学院大学短期大学部」で、「女子短期大学」と名称変更されたのは国文科設置の翌年でした。
1回生は2クラスで卒業生は94名。国文科全体では全37回4,870名の卒業生がいます。
当時の国文科には素晴らしい先生方が揃っていたそうです。
粂川光樹先生、粂川定一先生、大城富士男先生、金井清一先生、兵藤正之助先生、岡松和夫先生、杉野要吉先生、山下登喜子先生など。(香葉第1号P24母校ニュース、香葉とともにp138他)
粂川光樹先生は直木賞候補になった作家、兵藤先生は文芸評論家、岡松先生は後の芥川賞作家です。
香葉第1号には兵藤先生(P8)、岡松先生(P23)、山口佳子さん(P21)みなさんが寄稿されています。そこで岡松先生が書いていらっしゃる言葉で如何に恵まれた環境であったかがよくわかります。
「当時、国文関係の専門書を集めている国文演習室の隣に教員控室があって、学生たちが先生方に接触する機会が多くあります。先生方の学生一人々々に対する配慮の深さは格別なものだと言い切ることができます。」(香葉第1号 各科だより)
この言葉の通り、大人として接していただき、学生の自主性を尊重して「私はこう考えるけれど、あなたは?」と先生が問いかけてくださるというような対等な会話が日常だったそうです。山口さんにはよく教員控室に行っていたという話を聞いた覚えがあります。優秀でなおかつお人柄の素晴らしい先生ばかりだったことは、きっと国文科だけではなかったのですが、当時の国文科のみなさんにとって素晴らしい学びの場だったことが伺えます。
そして国文科1回生の中には、誰もが聞いたことのある声の中村啓子さんもいらっしゃいました。
香葉会解散の際に記念誌「香葉とともに」を発行しましたが、山口さんは国文科の資料についても何かの形にしたいといつも思っていらっしゃいました。それを叶えることは出来ませんでしたが、このウェブサイト上で少しでも当時の様子をお伝えできれば、とまとめてみました。
卒業生の方で思い出を書いてくださる方がいらっしゃいましたら、ぜひお寄せください。もちろん国文科以外の方でも大歓迎です。在学時の思い出や、短大のみなさんに伝えたい想いがある方は、ぜひ原稿をお寄せください。
<中村啓子さん>
プロのナレーター。NTTの時報・電話番号案内・NTTドコモの留守番電話サービスなどのガイダンスは中村さんの声。ウィキペディアには「彼女の声は現代日本語の標準アクセントの基準となった」と書かれています。